大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和40年(行コ)4号 判決 1967年11月21日

東京都中央区銀座五丁目三番地ダイヤモンドビル

控訴人

株式会社 太平洋テレビ

右代表者代表取締役

清水昭

右訴訟代理人弁護士

高橋秋一郎

被控訴人

右代表法務大臣

田中伊三次

東京都中央区新富町三の三

被控訴人

京橋税務署長

松岡宗雄

右被控訴人両名指定代理人検事

福永政彦

法務事務官 熊谷直樹

国税訟務官 三輪正雄

大蔵事務官 横山義男

右当事者間の納付金返還請求控訴事件について、当裁判所は、昭和四一年一一月二四日終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「(一)原判決を取り消す。(二)被控訴人国は控訴人に対し、金四五六、六四六円並びにこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降支払いずみに至るまで日歩二銭の割合による金員を支払え。(三)被控訴人京橋税務署長は控訴人に対し、昭和三五年六月一六日付及び同月二七日付でした原判決添付物件目録記載の物件に対する差押処分を取り消せ。(四)訴訟費用は被控訴人国の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、左記(一)ないし(三)のとおり付加するほか原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(一)  控訴代理人は次のように述べた。

(1)  本件課税処分(原判決に摘示の請求原因、第一項符号6の課税処分をいう。以下同じ。)は控訴会社を出演料の支払者と認定して控訴会社に対し当該出演料に係る源泉徴収所得税及び同加算税の納税の告知をなしたものであるが、原審においても主張したように、右出演料の支払者は控訴会社ではない(請求原因第三項参照)。その詳細は次のとおりである。

(イ)  控訴会社の職業紹介事業について

控訴会社は昭和三四年二月定款を変更して会社の目的に「芸能人の出演の斡旋」を加えるとともに、会社の芸能部に芸能人紹介係を設け、以来芸能人のテレビ放送局等への出演につき有料職業紹介事業を営んできた。芸能人は随時控訴会社(右の紹介係)に申込書を提出して出演の斡旋を依頼するのであり、控訴会社はこれを受け付けて放送局等に連絡し、出演の斡旋をする。また、放送局等から芸能人の求人の申込があつたときは、控訴会社はこれを求職申込者に連絡して、出演契約締結の斡旋をする。右のような仕組であつたのであり、いずれの場合も出演契約は求人側と求職者との間で直接締結され、控訴会社はこれに関係しなかつた。

(ロ)  出演料支払の具体的方法について

前記のようにして出演した求職者が求人側から受ける出演料は、その双方からの依頼により次のような方法で支払われていた。すなわち、求人側は右出演料を控訴会社が三菱銀行築地支店に設けている「太平洋テレビジヨン株式会社芸能部」という名義の当座預金口座に振り込み、右振り込みにより控訴会社(芸能部紹介係)が出演者を代理してその出演料を受領する。そのようにして出演料を代理受領した控訴会社は、同銀行に依頼して前記当座預金口座から出演者各自が同銀行の本店又は支店に設けている普通預金口座に、各出演者の受領すべき出演料の額(ただし控訴会社において規定の一〇パーセントの手数料を差し引いた残額)を振り替えていたのである。これらの経理は控訴会社の他の事業に関する経理と全然別個に処理されていた。

(2)  後記(二)の被控訴人等の主張に対し次のように主張する。

被控訴人等主張のような控訴会社による出演料支払の事実はない。

控訴会社が芸能人を専属させたとの点や、企画に従い控訴会社が芸能人を選択して派遣したとの点は、否認する。控訴会社は、出演を希望する芸能人を放送局等へ紹介斡旋し、また、放送局等が指名する芸能人を斡旋していたにすぎない。

控訴会社が出演料から一〇パーセントの源泉所得税を徴収したとの点も否認する。控訴会社においては昭和三五年一月下旬芸能部紹介係等を中心として従業員が同盟罷業を行ない、同年三月上旬右争議が終るまで会社の業務はほとんど停止状態に陥つていたので、被控訴人等のいう支払調書は右争議中職業紹介係によつて会社に対する害意の下に発行されたものと思われる。

(二)  被控訴人等代理人は次のように述べた。

控訴会社は昭和三四年一月から一二月までの間に芸能人に対し合計六三、八七〇、八六一円の出演料を支払つたのにこれに対する源泉所得税を納付しなかつたので、旧所得税法(昭和三七年法律第六七号による改正前の所得税法をいう。以下同じ。)四三条により本件課税処分がなされたものである。

控訴会社は芸能人を専属させ、その氏名一覧表を各放送局等に提出しており、放送局等から依頼があると、その企画に従い芸能人を選択して派遣していた。そして、その出演等に対する料金は、放送局等から一括して三菱銀行築地支店における控訴会社の預金口座に振り込まれ、そのような方法により控訴会社がこれを受領していた。控訴会社は放送局等から料金を受領した後、出演者に支払う際、そのうち一〇パーセントを自己の手数料とし、更に一〇パーセントを源泉所得税として徴収した上、残額八〇パーセントを出演者に出演料として支払つていた。なお、控訴会社はその所属の出演者に対し、同会社を支払者として記載した「昭和三四年分報酬、料金等の支払調書(芸能者用)」を交付しており、右の出演者はそれぞれ所轄の税務署に同年分の確定申告をなす際支払調書を提出して、それに記載された源泉徴収税額により所得税を清算納付している。また、控訴会社所属の出演者に対する出演料の支払の際、同会社以外の者が源泉徴収をしたことはない。

このように、控訴会社は旧所得税法四二条二項の「支払をなす者」に該当し、しかもこれを同会社自身においても認識していたものであつて、本件課税処分には控訴人主張のような瑕疵はない。

課税処分が無効であるためには、処分庁の課税要件事実の認定に重大明白な瑕疵があることを要するところ、本件について仮に被控訴人京橋税務署長の右認定に瑕疵があつたとしても、それは少なくとも明白なものとはいえないから、控訴人の本訴請求はこの点からしても全く失当なものである。

(三)  証拠として

控訴代理人は、甲第一ないし第五号証の各一、二、第六ないし第一三号証、第一四、第一五号証の各一ないし三、第一六ないし第二三号証、第二四号証の一ないし三、第二五ないし第二七号証を提出し、当審証人井上新吾の証言を援用し、乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第四号証の一ないし六、第六号証の一ないし三、第八号証の一、二の成立を認める、第五、第七、第九ないし第一一号証、第一二号証の一、二、第一三号証の一ないし一四、第一四号証の一ないし三、第一五号証の一、二、第一六号証の一ないし一四の成立は不知(ただし第一三号証の二ないし一四中の控訴会社の記名及び印影が同会社のゴム印及び印章によるものであることは認める)と述べ、

被控訴人等代理人は、乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第四号証の一ないし六、第五号証、第六号証の一ないし三、第七号証、第八号証の一、二、第九ないし第一一号証、第一二号証の一、二(作成者はニツポン放送株式会社)、第一三号証の一ないし一四、第一四号証の一ないし三、第一五号証の一、二、第一六号証の一ないし一四を提出し、当審証人小沢直、同菊地敬之、同今井覚の各証言を援用し、甲第一ないし第五号証の各一、二、第六ないし第一三号証、第一四号証の二、三、第一五号証の一ないし三(一については原本の存在を含めて)、第一六号証(原本の存在を含めて)、第一七ないし第二一、第二三号証、第二四号証の一、二、第二五号証の成立を認める、第一四号証の一、第二二号証(原本の存在を含めて)、第二四号証の三、第二六、第二七号証の成立は不知と述べた。

理由

一、被控訴人京橋税務署長が、昭和三四年一月から同年一二月までの間に控訴会社がテレビ放送等に出演した芸能人に対し合計六三、八七〇、八六一円の出演料を支払つたものと認定して、昭和三五年六月二〇日付をもつて控訴会社に対し、右出演料支払に係る源泉徴収所得税六、三八七、〇八三円、同加算税一、五九五、〇〇〇円の納税の告知(本件課税処分)をなしたことは、当事者間に争いがない。

二、そこで、本件課税処分に控訴人主張のように重大かつ明白な瑕疵があるかどうかについて、判断する。

乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第四号証の一ないし六、第六号証の一ないし三、第八号証の一、二(以上の各証の成立については当事者間に争いがない)、乙第五、第七、第九ないし第一一号証、第一二号証の一、二、第一四号証の一ないし三(以上の各証の成立は、当審証人小沢直及び同今井覚の各証言によつてこれを認める)、乙第一三号証の一ないし一四(その趣旨及び方式、同号証の二ないし一四中の控訴会社の記名及び印影が同会社のゴム印及び印章によるものであることについて当事者間に争いがないこと、同号証の一中の控訴会社の記名は右各証におけると同一のゴム印によるものと認められること、並びに前掲各証言に徴して、いずれも真正に成立したものと認める)、当審証人小沢直、同今井覚、同菊地敬之の各証言を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  本件課税処分の対象となつた出演料は、控訴会社が作成してテレビ放送局へ配布した名簿に同会社所属の芸能人として登載されていた芸能人が、昭和三四年一月から一二月までの間同会社の指示又は連絡によつて日本放送協会や日本テレビ放送網株式会社等の会社のテレビ放送等に出演した際(右出演の契約が、放送局等と控訴会社との間で締結されたのか、控訴会社の斡旋により放送局等と出演者との間で締結されたのか、その点は別として)、その出演の対価として支払われたものである。

(2)  右出演料は次のような経路及び方法によつて支払われた。

すなわち、当該放送局等は、出演者個人別に出演料の額を計算するが、これを合算し且つ一定期間ごとにまとめて三菱銀行築地支店における控訴会社の当座預金口座に振り込む。その際右放送局等は所得税の源泉徴収をしない。右のようにして出演料の支払を受けた控訴会社は、出演者個人別の出演料額から同会社の手数料として一〇パーセント相当額を控除し、更に一〇パーセントを源泉徴収所得税として控除したうえ、その残額を各出演者に対し、右銀行の本支店に設けられた各人の預金口座に振り込む方法によつて支払う。

なお、控訴会社は、右のようにして出演料の支払を受けた各出演者に対し、昭和三四年中に支払つた出演料の金額とこれに対する源泉徴収税額を記載した「昭和三四年分報酬、料金等の支払調書(芸能者用)」を交付しており、各出演者はそれぞれ所轄の税務署に同年分の確定申告をなす際右の支払調書を提出して、それに記載された源泉徴収税額により所得税を清算納付している。

(3)  被控訴人京橋税務署長が本件課税処分において、控訴会社の支払つた出演料の総額を金六三、八七〇、八六一円と認定したのは、当時同税務署の源泉所得税課第二係長であつた小沢直が昭和三五年二月末か三月初め頃控訴会社に調査に赴いた際、同会社の経理部長有坂一雄から、同会社が各芸能人に支払つた出演料の金額等を個人別に記録した同会社備付のカードの提示を受けたので、同人に依頼して右カードに基づき月別に支払出演料の額を集計して記載した書面を同税務署に提出させ、この書面によつて右のように認定したものである。

以上の事実が認められ、当審証人井上新吾の証言中右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定の事実に徴すると、仮に、控訴人主張のように、前記出演契約が控訴会社の斡旋により放送局等と出演者との間で締結されたものであり、控訴会社が出演者を代理して放送局等から出演料の支払を受けたものであるとしても、外部からその点を確知することは―控訴会社の方でこれを明らかにしない限り―困難であつて、本件出演料が前認定のような経路により支払われた事実に基づき被控訴人京橋税務署長が控訴会社を右出演料の支払者と認定したことに、重大かつ明白な過誤があるということはできない(控訴会社が同被控訴人に対し右の契約関係を明らかにしようと思えばその機会はあつたと思われるのに、その挙に出た形跡は証拠上窺われない)。のみならず、前認定のように放送局等が控訴会社に本件出演料を支払う際に所得税の源泉徴収をしなかつたのは、右両者の間に本件出演料に係る所得税の源泉徴収は控訴会社において行なう旨の了解が存したことを窺わせるに足りるのであつて、実際にも控訴会社が出演者に出演料を支払う際に右の源泉徴収を行なつたこと前示のとおりである。この点からみても、控訴会社が右所得税の源泉徴収義務者であるとする被控訴人京橋税務署長の認定に重大かつ明白な過誤があるといいえないことは明らかである。以上に説示したとおりであるから、控訴人主張のように本件課税処分に重大かつ明白な瑕疵があるということはできず、従つて右処分が無効であるということはできない。

よつて、本件課税処分が無効であることを前提とする控訴人の本訴請求はいずれも失当として棄却すべきである。原判決がその理由において右請求を主張自体理由がないとして排斥した点は当裁判所の採らないところであるが、右請求を棄却したことは正当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三淵乾太郎 裁判官 伊藤顕信 裁判官 村岡二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例